[K-POP] 新人G.IAM「日本と同じくらい韓国でも人気を得たい」[インタビュー]

2013/01/22 17:28:03

2011年、男性5人組グループとしてデビューしたG.IAM(ジーアイアム)がデビュー1年ぶりにメンバーパウルを迎え再整備を終えた。パウルの合流に力を得たG.IAMは昨年大韓民国文化芸能大賞授賞式で、B1A4(ビーワンエーフォー)TEENTOP(ティーントップ)、Black.B(ブロックビー)ORANGE CARAMEL(オレンジキャラメル)など錚々たる候補たちを退け新人賞を受賞した。

国内での受賞経歴にも関わらず彼らの立場は日本と比較した時、ある程度の差がある。G.IAMは日本の国民グループSMAPと嵐の衣装をデザインしたデザイナーが無償で援護射撃に乗り出すほど、日本ではかなりの認知度を得た。国内地上波放送に出演した回数より日本の番組に登場したほうが多い。日本で街頭宣伝や着実に活動した結果、昨年は熱狂的なファンの為にフジテレビに顔を出すほどの位置を固めた。

彼らは今年の目標を定めた。日本で受けた愛と同じくらい国内ファンたちに熱烈な歓声と関心を受けることだ。だから日本活動と合わせ国内でも活発な姿を通じて、必ず自分たちの名前を知らしめると強い覚悟を伝えた。

▶以下G.IAMインタビュー一問一答

―2011年デビュー以後1年の成果があったとしたら

「日本で活動しようとした時、まず言葉の障壁があって生活するのが大変だった。体当たりで街頭宣伝をしてみると多くを学ぶことが出来た。逆に日本にいて、韓国で活動しようとアルバムを準備するのがとても大変だった。確信できない未来に悩んでいる時、新しいメンバーが入ってきてもう一度心をひとつするのに時間が必要だった。だけどパウルが性格が良くて6人がひとつになれた」(キョンシル)

「たぶん僕が全羅道(チョルラド)方言を使うからか、メンバーたちと気軽に一緒にいたりして早く親しくなれた。そして僕がちょっとイケメンだったことも親しくなるのに良かったんじゃないかな(笑)」(パウル)

―パウルはオルチャン(美少年美少女)出身だと聞いた。他の事務所にいてG.IAMの所属事務所と契約することになったのか

「ミニホームページ オルチャン出身だ(笑)そうやって思うと故郷の全羅道順天(チョルラド スンチャン)にはファンが多かった。2012年8月シングルアルバム『泣いて』という曲を発表した後に人気が少し出たようだ(笑)。他の事務所でグループとして準備していてG.IAMのオーディションを受けることになって、今この場所に一緒にいる」(パウル)

―後から遅れて合流して難しい点はなかったか。すでに他のメンバーたちが親しくなっている所に入って行くのに。

「3rdアルバム発売の前に合流した。ミュージックビデオ撮影の日程がすぐだった時入って、歌とダンスについて行くのは大変だった。だけど適応するのに難しい部分はなかった。僕なりの親和力で兄さんたちや弟たちと仲良くなれた。また僕が一生懸命ついて行こうと練習する姿を見てくれて認めてくれたようだ」(パウル)

―日本ではある程度認知度もあると聞いたが、反面国内ではG.IAMというグループを知らない人が多い。そのせいで国内で活動始める事自体、気持ち的にに大変なようだが。

「K-POPブームと合わせアイドルグループがたくさん出てきているが、彼らと違うと自信を持って言える。僕たちは他のグループに比べ海外での公演回数や経験も多いし、各自長い練習生生活の末に出会って結成したチームだ。その為に早く人気を得ようと焦る気持より余裕のある態度が僕たちの魅力だと思う」(ユウォン)

「もうひとつ僕らは他のグループに比べ、人に恵まれているようだ。日本で活動していて僕たちの公演を見て無償で衣装を協賛して下さった有名デザイナーもいらっしゃるし、インターネットYouTubeに上がった僕たちのレッスン映像だけ見て大韓民国文化芸能大賞の新人賞候補にも上がれた。もちろん受賞につながってもっと意味深かった」(ベガ)

―練習していて一番大変な点は

「どうしても合流したばかりでミュージックビデオ撮影のスケジュールまでぎりぎりの時間内でダンスをこなさなければならなかった事が一番大変だった。辛いと言ってはだめだけど本当に涙が出る程辛くて駄々をこねたこともあった(笑)」(パウル)

「練習生生活をしていた時本当にお腹が空いていた(笑)」(キョルシル)

「雨漏りする家に住んだ。雨がすごく降る日には練習室が水浸しになるほどだった。練習室から帰ってエイトム兄さんと自炊していたんだけど、ベッドも服もテレビも全部雨に濡れていてタオルで拭き取り、3、4時間くらい掃除した。たくさん稼いで合井洞(ハプチョンドン)に社屋を建てたい」(ユウォン)

―最近、一番大きな悩みは

「国内ファンたちと一緒にできる場所を準備できたらいい。一番いい方法は地上波放送に出演する事だけど、僕たちにも早くチャンスが来たらと思う」(ユウォン)

「歌手たちが多いが放送に出られる歌手は限られている。実力があってなかなかなグループがここに居るのに(笑)人々と一緒にできるということを見せてあげたい」(キョルシル)

「G.IAMというグループは公演をたくさんしたし、それが好きだ。ステージの上で余裕を感じられるグループだと自信満々に言ったけれど、最近は公演する時力が抜けたりする。番組を通じて接したグループじゃないから「あの子たち誰?」っていう声が聞こえる時は力が抜ける」(ベガ)

―日本では国内に比べ認知度もあって、人気も多いと聞いた

「日本で公演する時、僕らを分かってくださるファンたちは正直韓国より多い。特に特別な1人のファンがいるんだが、難しい病気に罹っていた人です。その人が治療中でも僕たちに会いに公演会場に来てくれたんだけど健康を取り戻したと言うんです。この話がフジテレビに紹介されて僕たちが出演したこともあった」(エイトム)

「ツバさんと僕らが呼ぶ中年のおばさんファンがいる。娘さんと旦那さんと一緒に来て僕らの公演を見てくれて、毎回熱烈に応援してくれる。一緒に食事をするほど親しくなった。日本プロモーションを始めた時から最後の日まで僕らの公演を欠かさず観て下さったありがたい方だ」(キョルシル)

「今僕らは韓国で認知度がないが、日本では僕らについてくるファンたちもいて、カッコいい写真を撮ろうとする人たちも多い。こんな日本のファンたち様子を見ると、国内のファンたちも僕たちを好きになってくれると思う」(パウル)

―ロールモデルは

「SHINHWA(シンファ)先輩たちだ。長寿ドルと呼ばれるSHINHWA先輩たちのように僕たちもずっと一緒にやっていけたらいい」(キョルシル)

「SHINHWA先輩たちのパフォーマンスやバラエティー的な部分もそうだし、僕たちと似ているところが多いと思う」(ユウォン)

―ファンたちに呼ばれたい名前があるか

「隣のお兄さんドルと呼ばれたい。僕たちのスローガンがいつでもどこでもいつも一緒にいるG.IAMになることだが、親近感を武器にファンたちと一緒にやりたい。隣の親しいお兄さんみたいな感じで」(キョルシル)

「彼氏ドルと呼ばれたい。万人の恋人になることも出来るし、1人の女性の恋人になることも出来る、そんな多様な意味を持つ男のイメージ」(ベガ)

―今年の目標は

「もちろん前に話したように地上波音楽番組にたくさん出ることだ。1位を望むんじゃない。僕らの音楽が街中で流れ、僕たちを分かってくれるファンたちが多くなったらうれしい」(パウル)

「僕らの音楽が街中で流れたら嬉しい。僕らが出演する音楽番組が増えたら嬉しい」(ユウォン)

写真=ホ・ジョンミン記者

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