[ドラマ] 『学校 2013』大韓民国教育の現実を告発します

「ひとつもない。私が出来ることなんて」

これはKBS2月火ドラマ『学校 2013(原題)』でチャン・ナラが吐いた台詞だ。臨時教師として生きてきながら、韓国の教育の現実を赤裸々に表現した。韓国の教師たちの失墜した名誉とどん底に落ちた威勢についてチャン・ナラはこう言及した。

3日午後初回放送を迎えた『学校 2013』はオーバーでもなく劇的でもなく、我々の現実を余すところなく表現し関心を呼んだ。教師を体罰する崩れた公教育の実像と学校暴力、臨時教師の悲哀、徹底した成果主義などが描かれ、視聴者との共感帯を形成した。

▶臨時教師=中途半端な先生?

5年目の臨時国語教師チョン・インジェ(チャン・ナラ)は問題児クラスの担任になる。授業時間に机の上に足を載せ、携帯電話をいじり雰囲気を壊す不良学生オ・ジョンホ(クァク・ジョンウク)は、担任教師に反抗するのはもちろん『中途半端』と無視する。

半端。学生にとって臨時教師はみんな同じ教師ではないということだ。教員試験に受からず1年ごとに新しい学校へと発令される臨時教師に教師ヅラするなと言うのが最近の学生たちの口から出てくる言葉だ。

「先生の影すら踏まない」は昔の話ですでに失われて久しい。最近の学生たちのずる賢さと、その中で生きる臨時教師たちの悲哀が全て表され苦々しさを加える。

▶成果主義の学校

学校は大学入学のために経なければならないところだった。教師にも学生にも学校という所は予備校と違いがなかった。教師は「あまり熱心に学生を指導するな」という言葉をためらいなく吐き、学生たちも学校は大して大きな意味を持っていない。

この日の放送では学校が成果と結果主義のシステムに変わっている事を指摘した。人間性と素養を育てる場所ではなく、ただ大学進学のためにちょっと立ち寄るコースだと考えられた。

特にクラス委員になろうとする理由も見せてくれた。クラスに対する愛情或いは責任感があるとか、クラスメートのために奉仕しようとする気持ちで委員になろうとするのではなかった。まさに委員は大学進学のために内申点を稼ぐ重要な項目だという事だ。

模範生ソン・ハギョン(パク・セヨン)は副会長になると志願し、「内申点を稼がなくちゃ」と理由を話した。大学入試でクラス委員の経歴はリーダーシップの典型、学校長推薦時に加算点を受ける道具に転落した事を示唆し、現教育体系のお粗末さを鋭く突いた。

それだけでなくいい教師の基準は人間性を備えた人ではなかった。徹底した成果中心だった。どれだけ学生の成績を上げられたか、また大学入試で満足な成果を出せたかが最大の関心事である重要な項目だった。

『学校 2013』の舞台であるスンリ高等学校は私立学校だ。スンリ高等学校イム・ジョンス校長(パク・ヘミ)はスター講師カン・セチャン(チェ・ダニエル)の獲得に満足し歓喜した。入学説明会でもカン・セチャン先生を紹介し褒め称えるのに忙しかった。

ここに教師の役割が変わったことが認めさせられる。社会に出て行く前のまだ未熟な彼らの素養と人間性を育成してあげることが教師の役目ではなく、いい大学にどれだけ多くの学生を送れたかが評価項目になっている事を聞かせてくれた。



▶学校暴力の被害者

学校暴力の定義はなんだろうか。まず学生同士の暴力が言えるだろう。集団いじめが社会的な問題として深刻に台頭してきている現実はドラマにも登場する。

遅刻費を代わりに出せとクラスメートをいじめたり、煙草を買ってこいと金をせびる。気に入らない奴には脚をひっかけ、ビンタを喰らわす暴力が行われる。

学生と学生の間の暴力が学校暴力だろうか。この日の放送ではまた違う学校暴力の現状を告発した。それは学生が教師に暴力を加えることだ。

授業時間に携帯電話を使う学生を指導しようとすると教師の手首をねじり上げて力で脅す。教師を学生たちの前で侮辱するのはもちろん対決する姿勢まで、被害者は学生から教師にまで拡大していることを証明した。

▶総体的に難局を迎えた韓国の教育の現実

10年ぶりに復活した『学校 2013』は現実のそのままコピーしたような状況設定で不快感を抱かせる。しかし目をそむけられない理由はまさに韓国教育界の実像であるためだ。果たして今現実で起こっている問題に対し、ドラマではどのように扱うのか視聴者たちの関心が注がれている。

写真出所=KBS画面キャプチャー

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